「Exile 2.5」 (1)
Kaname Sugimoto
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シルベール城がシグルド率いるグランベル軍に開放された時、北の塔から飛竜が飛び立つのに気付いた者は少なかった。
見覚えのある長身の竜騎士が発した声を、確かにフィンはその耳で聞いた。
「また会おう」
そして高笑いを上げて飛び去っていった。




その日の夕刻、城の裏手の丘にフィンは単騎見回りに出た。臓腑を鷲掴みにするような笑い声が耳にこびりつき離れなかった。
日も落ちかけた頃、城に戻らねばと白樺の木に繋いだ愛馬に近付いた時、青白い牝馬は怯えと興奮の色を見せていた。枝に結んだ手綱を解きながら彼女をなだめる。微かな気配を感じ後ろを振り返ると、そこに彼がいた。

「トラバント !!」
「どうした? また会おうと言った筈だぞ」

咄嗟に鞍の脇の槍に手を伸ばす。
「やめておけ。馬に乗らずに何が出来る」
竜騎士の手にはすでに聖槍にして神器「グングニル」が握られている。二人の間の距離を考えれば、革留を外した時には自分の身体は神器にやすやすと貫かれていることだろう。戦場に於いて、馬上では常に無敵を自負していた。目の前にいる男にそのプライドを撃ち砕かれるまでは。拳を握りしめると竜騎士に正面から対峙した。



レンスターの槍騎士は帯剣する習慣を持たない。馬上での勝敗のみを重視する誇り高さは「聖祖ノヴァ」への敬意の表れだ。
そして馬上で最も有利なのは槍である。それゆえ槍以外の武器を帯びることはなく、平時携えているものは一見して飾りの域を出ない護身用の短剣のみである。この場合の護身とは敵の攻撃から身を守るのではなく、誇り高きレンスターの騎士として「恥ずべき死」から己の名誉を守る。つまりは自害の為の短剣だ。騎士としての誓約を立てた時にキュアン様から授かったものだ。もっとも彼の主君はその慣習に否定的な考えの持ち主であることも事実だった。
「綺麗ごとを並べていては『南』との戦には勝てない。トラキアのハイエナの如き竜騎士隊を相手に勝利する為には、騎士として執着すべきは『名誉』ではなく『生』であるべきだ」それがキュアン様の言葉だった。
だが懐に忍ばせた短剣に、本来の使い道と違う役目を負わせるには相手が悪すぎる。目の前の男には通用するとはとても思えなかった。



「安心しろ。お前を傷付けるつもりはもう無い」
竜騎士はそう言って微かに笑った。
「もっと早くに思い至れば手に傷を負わせることも無かっただろう。すまないことをしたな」



あきらかに何かが違っていた。
この男の口から出るべき言葉ではない。

神器によって大きく裂かれた右手の傷はユングヴィのエーディン公女のおかげで完治し、傷跡すら残ってはいない。もっとも公女には、自分の身に起きたことの全てを知られてしまったが。

知らぬ間に右手を強く握りしめていた。

トラキアの竜騎士王は何を言おうとしているのか……。
彼の言葉を聞いてはいけないと耳の奥では警鐘が鳴っていた。だがその場から背を向けて逃げるわけにはいかなかった。


「何の用だ」
言ってしまってから罠にはまったことに気が付いた。
如何にも楽しそうにふふと笑うとトラバントは言った
「少なくとも用があるとは認めるわけだ」
その言葉を浴びただけで、それはキュアン様への裏切りを意味している。
あの時何があったか。キュアン様は見抜かれているに違いない。それを承知の上で、自分は嘘を貫き通すと決めたのだ。
何が楽な道だったのか今でもわからない。だがそれ以外の道を自分は知らなかった。

そんなことを考えて、目の前の敵から一瞬だが気がそがれた。
瞬間大きな手が目の前をかすめた。
はっと我に帰り、身をかわそうとしたが遅かった。
鳩尾に何かが食い込み、視界が暗転した。



どのくらい時間が経ったのか分からない。

やわらかな夜風が肌をなぶる感触で目が覚めた。
気が付いたとき衣服は全て剥ぎ取られ、文字通り一糸纏わぬ姿で草の上に転がされていた。

トラバントはすぐ側の小さな岩に腰を下ろし、自分から剥ぎ取った青い上着を弄びながら見下ろしていた。

「意外だったな」
トラバントはポツリと言った。


後編につづく


(注:これは同人誌「EXILE 2」の続きに来るはずだったお話。EXILEシリーズ、「ANAM」他、当サイトで紹介しているFE聖戦の同人誌をあらかじめ読んでいないと分かりません。悪しからず御了承下さいませm(_ _)m)。量的に前後編になります。
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